いわき平時空MAP

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片寄平蔵[かたよせへいぞう] 四倉

人物

安政2年、白水川に面した「弥勒沢」で石炭露頭を発見し販路を切り開き「いわきの石炭産業の父」と呼ばれている。幕府の御用商人としても活躍し、横浜港が開かれるとすると貿易商を開業し、横浜のまちづくりにも尽力した。

出典元:いわき市観光サイト

金澤翔子美術館[かなざわしょうこびじゅつかん] 遠野

人物

書家金澤翔子の日本初の常設館。温かさと躍動感に溢れる作品が一堂に展示。季節ごとにテーマを持った企画展示を行っている。ミュージアムショップやカフェも併設。

出典元:公式サイト

神田伯龍[かんだはくりゅう]

人物

文政中、紺屋町出身の講談師が寄席を麹町に開き講談を弁じていたという。異色で傑出した人柄と熱弁で聴衆を惹きつけ、高い評価を得ていた。

出典元:「懐郷無限」斎藤伊知郎著

霧島昇[きりしまのぼる] 大久

人物

戦前から戦後にかけて活躍した流行歌手。本名は坂本 榮吾。福島県双葉郡大久村(現在のいわき市)出身。1979年(昭和54年)紫綬褒章受章。

草野心平[くさのしんぺい] 小川

人物

1903年に生まれる。蛙の詩人とも言われるが「富士山」「天」「石」等を主題にし、同級生から「機関銃(マシンガン)と呼ばれるほどの多作。貸本屋「天山」、居酒屋「火の車」とその後のバア「学校」等様々な取り組みをしながら、高村光太郎、中原中也など広範な交友関係を持っていた。祖父は白井遠平。

久保姫[くぼひめ]

人物

岩城重隆の長女。奥州一の美少女として名高く、嫁ぎ先をめぐっては伊達氏や相馬氏と対立し、白河城主・結城氏のもとへ嫁入りが決まり輿入れの道中、久保姫の美しさに一目ぼれした伊達晴宗が襲撃し姫を略奪するという顛末に。ところが夫婦となった2人は仲が良く、第一子を岩城家の養子にすることを条件に和解した。

白井遠平[しらいえんぺい] 小川

人物

1846年、現在の栃木県真岡市に生まれた。11歳で小川町の白井家に一家養子に入った。政治家として活躍後、実業界で手腕を発揮。渋沢栄一、浅野総一郎、安田善一郎ら一流の財界人を動かし、いわきの炭鉱開発と京浜地帯への陸路の整備を目指し、日本海岸線(現・常磐線)、平郡線(同・磐越東線)開通の道を作った。

袋中上人[たいちゅうしょうにん]

人物

1552年、現在のいわき市常磐西郷町出身の、浄土宗の学僧。傑出した才能を持ち遊学ののち浄徳寺住職を経て菩提院を開山。岩城氏改易を機に、求法のため渡明を志して渡海。ルソン等を旅するものの入明は果たせず琉球に渡り、初めて念仏を琉球に伝える。この念仏がエイサーの源流のひとつとなる。 帰国後、檀王法林寺など京都奈良大坂で多くの寺院を開山・中興した。

高木誠一[たかぎせいいち]

人物

明治二〇年、いわき市平北神谷生まれ。篤農家であり郷土研究者。いわき民俗学の祖として柳田國男の民俗学研究にも協力。宮本常一の著書『忘れられた日本人』でも「文字を持つ伝承者」として紹介されている。

時津山[ときつやま]

人物

大正14年に生まれ、現いわき市出身(生まれは東京)。本名は藁谷仁一。福島県初の平幕全勝優勝し、横綱・栃錦から金星を奪于など活躍し好成績を収めたが、その翌年引退。その後43歳の若さで亡くなった。

出典元:「懐郷無限」斎藤伊知郎著

徳一[とくいつ] 広域

人物

最澄、空海と同時代の宗教家。奈良仏教の再生を願い東国に下向、筑波・会津・いわきなどに足跡を多く残している。最澄と繰り広げた「三一権実論争」は、大乗・小乗仏教の宗教論争として知られている。

徳姫[とくひめ] 平・内郷

人物

岩城則道の妻(岩城成衡説もある)。則道の死後、徳姫は剃髪して尼となり、徳尼御前と呼ばれた。則道の冥福を祈るために白水阿弥陀堂を建立したと言われている。(諸説あるようです)尼子橋は、洪水に苦しむ民のために徳尼御前が架けたと言われている。

星一[ほしはじめ] 勿来

人物

いわき市出身の実業家で星薬科大学を設立。「勇気が成功を生む」と信じ、「幸福と平和をもたらす人材を育成したい」と学校の設立に至った。

出典元:いわき市観光サイト

八橋検校[やつはしけんぎょう]

人物

江戸時代初期、1614年にいわき市で生まれたという説がある。幼い頃から目が不自由だったものの、江戸に出て箏を習い、その後、京にのぼった。1650年頃からは、新しい調弦法を編み出し、「雲井の曲」、「六段の調」、「八段の調」など、数多くの筝曲を作曲し、近代筝曲の開祖と言われた。検校没後、琴に似せた「八ッ橋」という干菓子が発売された。

山村暮鳥[やまむらぼちょう]

人物

伝道師として平にきた暮鳥は「真の宗教は芸術なり、偽りなき芸術は宗教なり」とし、同人と共に詩の雑誌を創刊。三野混沌や草野心平との交友もあった。乃木バーの常連だったという。

祐天上人[ゆうてんしょうにん] 四倉

人物

陸奥国(後の磐城国)磐城郡新田村(上仁井田村、現在のいわき市四倉町上仁井田)に生まれた江戸時代を代表する呪術師。浄土宗大本山増上寺36世法主。

吉野せい[よしのせい] 好間

人物

1899(明治32)年生まれ。詩人の山村暮鳥らの「LE・PRISME」「福島民友新聞」などに短歌や短編を発表。夫は詩人の三野混沌。「洟をたらした神」が1975年に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞し、その業績を讃え1978年には「吉野せい賞」が創設された。晩年に農耕生活を送りながら「洟をたらした神」などを執筆した家屋が残っている。

出典元:いわき市観光サイト